介護スタッフ等や制度への影響と課題克服のための取り組みの模索
介護を提供する枠組みである制度や様々な周辺環境がどのようであれ、介護の提供には、それ自体に大きな意義があると思います。
もしある介護スタッフが素晴らしいサービスを提供することができ、それを継続できれば、提供された相手との間にはより良い関係が構築され、その中で介護スタッフが得られるものはまさにプライスレスだと思います。また、介護を受ける側にとっても、ご自身が要介護状態となり本来自由であるはずの生活が制限され、様々な葛藤を抱えながら過ごされる中で、よい介護スタッフとの出会いによる影響は、決して小さなものではないでしょう。
介護は、介護保険制度によって契約に基づく提供へと変わりました。制度が施行されてから、様々な介護サービスの形態が生まれ、まだまだ課題はあると言われるものの、便益は高まったのだと思います。
しかし日常生活を支援するという特性上、実際のサービス提供の場面ではどうしても割り切れない部分が出てきやすい上、その内容は遠くからみるとわかりにくいものです。ゆえに介護は、自由競争に任せきるのではなく、制度そのものや情報開示のあり方など、それらを補完する仕組みによって、より妥当なものとなるように組み立てられていると考えられます。
そのような中で、今回、一連の記事でご紹介したことは、介護を支えるスタッフにも大きな影響を与えています。
介護スタッフは、身体的に要介護者等を介助するための技術や相手との関係を構築していくうえで必要なコミュニケーション技術のほか、介護保険関係の制度や介護の質を高めるための管理技術などを学んで現場に送り出されてきます。
介護保険制度は、介護を必要とする方の心身の状況や有する能力に応じ、その自立を支援するためのものであるとされています。社会保障財源に決して余裕があるとは考えられない中で、制度を長期的に維持していくために必要なところへ重点配分する制度改正が重ねられており、そのことを学んでくるわけです。
しかし、自身が就いた介護の仕事において、要介護者等が限られた生活資金の中で生活を組み立てている状況を現実的に知る中で、本来自己負担の部分を自分で負担して生活しておられる場合と、その一部が介護保険によって賄われているという場合があるということに気づきます。同じサービスを受けていても、ある人は全額自己負担で、ある人はその多くが介護保険で賄われる。それらが介護を受ける要介護者側の個々の状況や個人的な特性によって生じている差なのであれば、それはプロとしてバランスを取りながら望ましい方向へ支援していくべきことだと考えられ、このようなことは、介護という職業に関わらずあり得ることでしょう。
介護は、生活に関わって支援を行いますから、生活者である要介護者等の要求は様々で、個々のケアで迷う場面は多くあると思います。また、介護は相手の心身の状況に合わせて行うため、基本を押さえながら個別性にどの程度対応できるかについて工夫し、介護を行います。これらは、介護のプロである以上、必要な迷いであり、避けては通れない部分であるともいえます。その迷いや努力の先に、利用者が少しでも安心される、少しでも穏やかな生活を送ることができる、また相互に何らかの喜びのようなものを得られるという、介護職としてのやりがいを感じられるのだろうと思います。
しかし、日常の迷いや問題の原因の多くが日常の介護とは直接関係がない制度設計や運営方法にあり、実際に自身が行う介護サービスに様々な影響を及ぼしているとなると、やり切れない思いにもなるのではないでしょうか。
また、介護の質を高めるために、介護の専門化や介護スタッフの情報共有、それらの一元的な管理が必要であることを学ぶ中で、記録は介護サービス提供の証拠であり、介護サービスの改善やスタッフ同士のコミュニケーションの基となることは、ごく基本的なことと捉えて介護の仕事に就きます。
しかし、そうであるはずの記録が、制度の組み合わせや運営方法の影響で正確に作成しにくい状況や、サービス管理の煩雑さが生じているということを目の当たりにすると、介護スタッフはそれらをどのようにとらえればよいか悩みます。
これらのことは、就職した様々な業界でよくあることとして捉えられるものとは随分性質が異なることのように思います。
自分にできることを精いっぱいやろうと努力し、その成果が感じられたとしても、行っている仕事の枠組み自体に矛盾を多く抱えれば、介護の仕事の継続もままならない状況を生むことが十分に考えられます。
住宅型有料老人ホーム等がたくさん整備されていく中で、ご紹介したような運営方法を取らざるを得ない状況のところも少なくないと思われ、当然そのようなところに雇用されるスタッフもたくさんいるでしょう。そのスタッフたちが、介護そのものの魅力に関わることではなく、サービス提供形態や費用の構造から生じる矛盾によって不安感を抱えるのは、その提供を受ける入居者にとっても事業者にとっても、また介護制度全体にとっても望まいことではないように思えます。
では、このようなことを少しでも改善するためには、どのようにしていけばよいのでしょうか。
制度としても、対策が打たれていないわけではなく、現在は住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅への入居の説明においては、その住宅型有料老人ホーム等に付随する訪問介護等以外のサービスも利用できることを説明する必要があるとされています。これにより、入居者には一定の選択肢が提示され、事業者にも自社の訪問介護等の利用の促し方について、見直しが必要ではないかというメッセージが示されているということになるのかもしれません。
しかし、なぜ、そのような説明をするのかという背景や、住宅型有料老人ホーム等の運営の実態、制度との関係などへの一定の理解がないと、説明された選択肢について十分な吟味を促す効果は得られません。
このことは、制度の複雑さ、介護サービスへの目の届きにくさ、利用する側される側の事情などの様々な繊細な要因などを考えると、確かに簡単ではないと思います。
ただ、もう少し、制度全体が一般に理解される取り組みを行うべきではないでしょうか。
介護保険にできることとできないことがあり、その根本的な考え方がどのような理由によって組み立てられているかなどについて、一般に知る機会はほとんどなく、介護支援専門員など制度を扱う専門家に説明がゆだねられているように見えます。
しかし、介護サービスは要介護者の生活に大きな影響を与えるものであり、その財源の大部分は公費と社会保険料です。これは、皆が実際には大きな影響を受ける事柄であり、それらの説明はもっと幅広く行われてもおかしくないのではないかと思います。介護保険制度の趣旨や、その制度でできること、できないことを知ることができれば、自己負担の考え方についても消費者に一定の判断基準が生まれる可能性があります。
それらは、要介護者等が消費者の一人として介護サービスの利用を判断する上で、大きな助けになるでしょうし、それによってより妥当な運営が模索されていくことにもつながるのではないでしょうか。
より多くの方が制度の趣旨や現状を知り、それについて検討する素地が生まれれば、住宅型有料老人ホーム等の運営事業者も、必要な自己負担を含めた利用料の妥当性を明示しやすくなるほか、提供するサービス等への有効なヒントが得られやすくなります。また介護スタッフも、これまで以上にその質を高めるための取り組みに力を注ぐことができるようになるのではないかと思います。
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