計画に付帯する勢いと役割
計画をどう捉えるか
根拠や理論を積上げ、調査し、成果を上げるようなことを必要とするグループは、勢いありきといような目標設定の計画では動かない。一方、足を動かし、コミュニケーションをとってお客さんを獲得したり、イメージが成果に影響を与えるようなグループは、ある程度勢いのある挑戦的な計画でメンバーを鼓舞することで、現状を打破できる可能性を高められる場合がある。
前者には、研究や品質管理などを主体とするようなグループが属するだろうし、後者は、営業を行うグループが代表格だろう。いずれにしても、これを反対にしてしまうと、まずうまくいかないようだ。(もちろん、偏らず状況に応じてバランスできれば一番よいのだが。)
前者のグループのメンバーは、挑戦的といえば聞こえは良くても、実現性の根拠に乏しい計画はそぐわず、見せた時点で、すっかり呆れられてしまうようなことが起こりうる。ただ、このようなグループでは、ある程度活動費用を見越す必要があるために計画が組まれるという感じで、計画から推進力を得るような意図はもともとあまりないことが多いだろう。
反対に後者のグループは設定された目標が多少下駄を履いたものであっても、拒否反応ではなく、それをやりきるように方向づけることが重要とされ、こちらの方が目標達成のための活動にむけたチームの勢いをコントロールする必要性はずっと大きくなる。
挑戦的な計画を実行するリーダーシップの存立基盤
挑戦的な目標や計画を活用するようなグループをリードするとき、リーダーは何に気を付けるだろうか。
リーダー自身がメンバーと同様に個人の売り上げ目標などをもっているなら、先ずはこの達成が要る。自身の目標が達成できないのに、メンバーを納得させるリードはできない。ここは、圧倒的な差を見せたいところだ。仕事ができるということは、何と言ってもリーダーにとって最も説得力のある基盤で、チームの目的、目標に関わることで最も実績を上げる人となれば、メンバーは自然にリーダーとして扱うというものだ。
他方で、リーダーとしての力量そのものが注目されるようになってもうずいぶんになるが、仕事ができること以外でリーダーシップに影響を与えることも、もちろんたくさんあるだろう。
バブルがはじけたといわれて久しいが、そのころからだろうか、「チームビルド」ということに関する、コミュニケーションやリーダー像などに関する書籍や研修が感覚的にはずいぶん増えたように思う。
会社の制度も成熟していくにしたがって(いけいけどんどんでなくなって)、「名プレーヤーは名コーチに非ず」というように、名プレーヤー、例えばトップセールスがコーチになっても、その指導の仕方如何で育ちが違うということに注意が払われるようになった。経営環境が複雑になり、一方的な指揮命令では成果が限られるようになってきたことも、このことにつながっているのかもしれない。
もちろん、名プレーヤーが人を育て、チームをリードする能力を持ち合わせれば、これはもう誰も文句のつけようがない名コーチであって、それはゆるぎないものになる。名プレーヤーという事実は、そのチームが自分たちのリーダーと認める重要な要素で、それを持ち合わせているかどうかは組織をリードすることに少なからず影響する。
経験された方も多いだろうが、実際、名プレーヤーとしての実績がないと、肩書をもらっても、先ずチームのリーダーとして見てもらうようにすることそのものに骨が折れる。最悪の場合、いつまでもリーダーとして見てはもらえないかもしれない可能性すらある。それでも、名プレーヤーであって、チームビルドの能力に優れる人なんてそうたくさんいるものではないだろうから、どの組織でも、また多くのリーダーが、リーダーシップの存立そのものに、大なり小なり悩みを抱えることになる。
組織編成上の課題と対応
プレーヤーとしての実績はないが、チームビルドや調整などの力量が秀でている場合で、組織がこれをリーダーとして活用したいなら、リーダーの上席者はそのリーダーを、少なくともメンバーと同じ競争ラインから外すことを考えなければならなくなる。そうでないと、秀でた部分への尊敬や信頼よりも、自分たちと同様の条件で、それほど成果が変わらない人がリーダーという印象が目立ってしまう。そこを漫然と、メンバーと同じように個人目標を持たせてやっていたのでは、十分に営業力以外の秀でた機能は活かせず、チームの統制もうまくいかなくなる。
チームの統制に影響を与える要素の複雑さでチーム作りもずいぶん変わってくるが、名プレーヤーとしての実績がないリーダーを置くときは、その人選だけでなく、チームの役割分担そのものを一緒に見直しておかないとうまく機能しないことがあるようだ。